岡部タカノブ
岡部タカノブ さん
「経験は必ず人生の糧になる。」という言葉が印象的だった。
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伊藤佑真
伊藤佑真 さん
2010年12月に新人シナリオライターの登竜門である第36回城戸賞に準入賞(ベスト3に入る)を果たす。
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丸田栄造・あつし
丸田栄造さん・あつしさん
夜景フォトグラファーとして活躍する丸田あつしさん、そして親として多大な影響を与えたグラフィックデザイナーの栄造さん(下八町出身)
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岡部タカノブ‐イラストレーター

Posted in アーティスト―須坂の財産「ひと」

岡部タカノブ氏(イラストレーター、文化学園大学准教授)
1963(昭和38)年5月生まれ。須坂市墨坂南(屋部町)出身。
実家には母、兄(岡部製作所経営)家族が在住。
小山小学校、墨坂中学校、須坂高等学校を経て千葉大学理学部生物学科を卒業。
東京書籍株式会社に編集者として2年勤務、その後フリーのデジタルイラストレーターとなり、1998年、有限会社岡部タカノブオフィスを設立。代表取締役となる。
2010年より文化学園大学(当時文化女子大学)非常勤講師、2011年4月に准教授となる。

岡部タカノブオフィシャルホームページ

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Q 岡部さんの作品を見せてもらいましたが、デジタルイラストレーターというのはどんなものですか?

A イラストをコンピュータで描くというのが特徴です。私が始めた当時はまだ今のようにコンピュータの性能も高くないですから、画素も粗く、ジャギーというんですが、ガタガタしたイラストというイメージでしたよ。よく言えばそれが魅力の一つだったと言ってもよいかもしれません。(笑)
今では、立体的でリアルなものも描けるようになりました。いわゆる3Dイラストもその分野です。

Q デジタルイラストの世界では草分け的存在でもあるんですね。それにしても、大学の生物学科を卒業してイラストレーターというのは異質な感じがしますが。

A 確かに、、、。(笑)知り合いに「ちょっとやってみない?」って誘われましてね。描いてみたら、それが随分褒められて、遊び半分でコンクールに出展したら受賞しちゃった。会社勤めにも限界を感じていたので、そのままこの世界に入っちゃったんです。いま考えるとかなり無謀だったとは思います。自分で言うのもなんですが、イラストで生計を立てていけるのはごく一部の人だと思うんです。知らなかったとは言え、そういう世界に入って20年以上も経った今でもイラストを描いていられるのは、本当にラッキーだと思っています。
今でも自分らしい得意分野として「ジャングル」と「街」がありますが、「ジャングルシリーズ」については生物学科だったことが活きていると思っています。イラストだから現実にはあり得ないことも描くのですが、リアルなものも描きます。そんなアンバランスの中のバランスっていうか、そういうところにも活きてるのかな。また、「街シリーズ」は広告に使うイラストとしては使いやすい素材と言えるかもしれません。いまでもそれらを中心に3DムービーやWEB制作、デザインなど、様々なメディアの仕事をさせていただいていますが、出版社にいた経験も活きている。経験って結局はその人の糧になるって、最近本当に感じますね。

Q 子どものころから絵を描くのは好きだったとか。

A 臥竜公園の写生大会ってありますよね。小学生のころは毎年出品していて、賞を受賞したりしていました。高校の時には修学旅行文集にイラスト描いたりして随分評判も良かったですよ。大学卒業後に勤めた出版社でも、同じ編集部全員の似顔絵を描いて、それも好評だったりして。なんか、褒められて育ってきたタイプかもしれませんね。(笑)
いずれにしても、何かを創造すること、それが形になることは好きなんですね。高校の文化祭「竜胆祭」の竜なんかもそうだし、有志で作った映画も同じです。何かを創って、それが多くの人の目に触れること、そういうことを考えると今でもワクワクします。

Q いま、須坂にいたころの話がずいぶん出てきましたが、思い出とか、今に活きていることってありますか?

A 須坂には都会(東京)にはないものがたくさんあります。須坂には季節ごとの匂いがありました。なんの匂いなのかはっきりしませんが、春の匂い、夏の匂い、四季それぞれに空気の匂いがありましたね。匂いで季節を感じた。「あ~、そろそろ秋だなぁ~」なんて、夏の終わりにちょっとセンチメンタルになりながらそんなものを感じていました。そういう匂いって都会には存在しない須坂独特の香りです。
よく遊びに行った臥竜公園もきれいな冬の北信五岳も、あげればキリがないけど、きれいな景色はいまの僕のイラストに絶対的に活きてると思う。「街シリーズ」はビル群の場合が多いけど、須坂にはなかったからこそ、逆にそういうものを描いているのかもしれない。いずれにしてもやっぱり経験が糧になっている気がしますね。

Q たまには須坂に帰省することもありますか?

A はい、母の誕生日(11月)には毎年必ず帰省しています。昨年から大学の仕事も入ってきて正月とかお盆とかなかなか定期的には帰れないから、その分11月には必ず帰ろうと思って、、、。
須坂は自分の故郷だから、同級生も含めてそういうことを大切にしようと思っています。須坂市のホームページにイラストを提供したり、2年前には青年会議所さんに依頼されて、地元高校生とコラボした臥竜公園の南側通路の壁画にも協力させてもらいました。これからも何かこういう機会があったらぜひ協力させてもらいたいと思っています。
文化学園大学は、勤務するようになってから知ったのですが、実は須坂との縁も深い大学で、須坂市蔵の街並みキャンパス事業にも参加しており、古民家再生や農業体験、「恋人の聖地」除幕式への参加などを通して交流もあるんです。文化祭では須坂の名物「おやき」の販売をやって須坂のピーアールにも貢献しています。こういう事業にも文化学園大学の一員として協力できるところがあれば積極的に関わっていきたいと思っています。

Q 今日はありがとうございました。岡部さんの今後のますますの活躍を期待しています。そして、これからも須坂市の活性化にご協力をよろしくお願いいたします。

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「経験は必ず人生の糧になる。」という言葉が印象的だった。須坂での経験も今の岡部さんにとっては大切なものであるという。東京で活躍しているから、ということでなく、私たちも「須坂で生活している。」ということを大切にしていかなければいけないと強く感じた。
(取材2012.1.21)